サイズセレクション法によるCTC/CTECの検出に関する雑感

サイズセレクション法によるCTC/CTECの検出に関する雑感

2025年08月29日
製品情報その他
サイズセレクション法によるCTC/CTECの検出に関する雑感

末梢血からがん由来の細胞や遺伝子を検出し、がん診断に役立てようというリキッドバイオプシーの研究が進んでいます。当社でもS-MPFというフィルターによるCTC/CTECの分離を紹介しており、私自身CTCに非常に興味を持っています。CTCはがんという疾患のメカニズムそのものを解明する一助になりますし、細胞の脱分化の理解にもつながります。さらには患者の負担を軽減し、がんの診断や治療に直結するような研究は、社会的貢献度の高い成果につながることを期待できます。

CTC検出の難しさ

S-MPFScreenCellは、大型のCTC分離機器と比較すると手軽で比較的安価に導入できるデバイスです。しかし、血中に含まれるCTCはきわめて希少(1/7.5mL程度)であること、また分離した細胞を培養できないことが、実用化上の課題として挙げられます。分離できなかった場合に「本当に存在しなかったのか、それとも見失ったのか」が判断できません。見つかっても細胞数が少なすぎて、下流解析が難しい。こうした壁は依然として大きいのです。

とはいえ、S-MPFにしてもScreenCellにしても、患者由来の血液から何らかの細胞が検出されるのは事実です。最近の報告では、CTCに加えてCTECcirculating tumor-derived endothelial cells:腫瘍由来内皮細胞)が検出されるケースもありました。細胞の分離技術の進歩と解析手法の向上によって、血中からはCTC以外にも様々な細胞が分離されることが分かってきています。ここで、従来のCTC研究と最近の知見を整理してみたいと思います。

 

サイズセレクション法の特徴と実績

S-MPFScreenCellなどのデバイスは、細胞サイズや変形能を利用して白血球を除去し、大きな腫瘍由来細胞を回収します。EpCAM発現に依存しないため、EMTを経たEpCAM低発現のCTCも捕捉できることが長所です。実際、サイズベース法は検出率が高く、Stage IIIでも3070%でCTCが見つかるという報告があります。例えば、非小細胞肺がん患者22名(多くが遠隔転移を有する進行例)を対象に、同一サンプルをCellSearchEpCAM依存)とMCA system(サイズベース分離)で並行解析した研究があります。その結果、MCAでは17/2277%)でCTCが検出されたのに対し、CellSearchでは7/2232%)にとどまりました。EpCAM低発現やEMTを経たCTCCellSearchで見逃される一方、サイズベースのMCAではより多様なCTCを捕捉できたと結論付けています-1)

 

しかし、S-MPFで検出される細胞を観察しても、「それが本当にCTCなのか?」という疑問は残ります。サイズベースで得られる細胞には、CTCに限らずCTEC(腫瘍由来内皮細胞)、大型の血管内皮細胞、巨核球、さらには活性化マクロファージなどが混じる可能性があるからです。特に肺がん患者の血液からは、末梢血中にCTECmegakaryocyte様細胞が見つかることが複数報告されています。したがって、正確には「検出率が高い=CTCが多い」ではなく、「多種類の大型腫瘍関連細胞が捕捉される」のが実態に近いと考えられます。

このため、サイズセレクションで細胞を分離しただけでは不十分であり、形態学+免疫染色+遺伝子解析を組み合わせて初めてCTCを区別できるようになります。最近の研究では、サイズ選択で得た細胞群にFISHNGSを適用し、「真に腫瘍由来であるか」を確認する方向へ進んでいます。

 

患者背景の違いによる検出への影響

サイズセレクション法でCTC分離を試みる先生方からよく聞くのは、「対象患者をどう選べばよいのか分からない」という声です。CTCが全く見つからないこともあれば、確かに何らかの細胞が検出されることもある。そこで論文を眺めていると、ある傾向に気づきました。

患者血液からのCTC分離を報告している論文では、対象が進行がんに偏っている印象があります。実際、CellSearchを用いた解析では、Stage III NSCLC患者でのCTC検出率はきわめて低いと報告されています。この論文によれば、「Stage IV NSCLCでも3分の2CTC未検出、一方でStage III患者ではCTC5%未満しか検出されなかった」とあります2)。また、Krebsら(2012年)の研究でも、CellSearchによるStage IIIでのCTC検出率は5%未満と報告されています-3。こうした結果から、Stage IIIにおけるCTC検出は非常に困難だと考えられます。

ざっくり言うと、Stage IIIの患者では末梢血からCTCを分離することは難しいが、S-MPFなどのサイズセレクションによってCTECなどの細胞を分離することは可能といえそうです。ここで改めてCTECについて触れると、これは「腫瘍血管由来の内皮系細胞が血中に出現したもので、腫瘍細胞同様に染色体異数性を持つ細胞」です。腫瘍の血管は正常組織とは異なり、新生血管が盛んに形成・破壊を繰り返すため、この過程で腫瘍に由来する内皮細胞(CTEC)が血中に流出すると考えられています。

 

したがって、私の素人的な推測としては、Stage IIIIではCTCがあまり見つからず、むしろCTECを血管新生や腫瘍微小環境のマーカーとして追う方が有用ではないかと考えています。進行期ではCTCCTECの併用解析が治療モニタリングや予後予測に有効とされているため、対象集団をどう定義するかが、バイオマーカー研究の解釈に大きく影響してくるように思います。

 

雑感

先日、S-MPFでの検討を進めている先生にお話を伺った際、「分離できた細胞がCTCであってもそうでなくても、この細胞が何であるのかが分かるだけで大きな進歩だ」と仰っていました。正直なところ、サイズセレクション法ではCTCやがんその物について理解を深めていくことが難しいのではないかと考えたこともあるのですが、今回改めて情報を整理することによって、対象集団が異なると解釈も大きく変わるということに気が付きました。確かに、血液から分離された細胞の正体を丁寧に解き明かしていくことが、今後のリキッドバイオプシー研究の深化につながるのだと思います。ご興味を持っていただいた方は是非、お問い合わせください。

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参考文献

―1: Kawasaki M, et al. A microcavity array system for the detection of circulating tumor cells in non-small cell lung cancer patients. PLoS One. 2013;8(6):e67466.

―2: Andrikou K, et al. Circulating tumor cells in non-small cell lung cancer: from bench to bedside. Cancers (Basel). 2023;15(14):3690.

―3: Krebs MG, et al. Evaluation and prognostic significance of circulating tumor cells in patients with non-small-cell lung cancer. J Clin Oncol. 2011;29(12):1556-1563.